8月12日、Obsidianというアプリを使い始めた。
最初はただ、日々思いついたことを忘れないうちに書き留めておこう、それだけのつもりだった。投資のこと、競馬のこと、健康のこと、AIのこと、行ってみたい場所、食べたもの。そして、定年後にやってみたいこと。
毎日ほんの数行でも書きためていくと、不思議なもので、自分が今なにを考えているのかが少しずつ形になっていく。
58歳。会社員生活のゴールがようやく見えてきたこのタイミングで、私が考え始めたのは「定年までどう働くか」ではなく、「そのあとをどう生きるか」だった。2026年8月は、そんなことをじっくり考え始めた一ヶ月になった。
投資は「勝つこと」から「人生に使うこと」へ
8月、投資に回している金融資産が過去最高を更新した。素直にうれしい。でも、それ以上に大きな収穫があった。自分の投資スタイルについて、一つの結論にたどり着いたことだ。
夏休みに『ウォール街のランダム・ウォーカー』を読み返してみて、改めて気づいた。やっぱり自分には、Buy&Hold(買ったらじっくり長期で持ち続ける)を基本にしたインデックス投資のほうが性に合っている。
このところ、新高値を更新した銘柄を探してチャートを見たり、決算をチェックしたり、売買タイミングを考えたりと、個別株投資にもかなり力を入れてきた。これはこれで面白い。ただ、勝ち続けようと思うと、相当な時間と労力がかかる。
そこでふと思った。お金を増やすために、残された時間を使いすぎていないだろうか、と。
58歳の自分にとって本当に大事なのは、資産額を最大化することだけじゃない。できるだけ手間をかけずに資産を育てながら、そのお金を使って人生を楽しむことも、同じくらい大切にしたい。そう思って、8月12日、通っていた個別株投資の学び系サービスを退会した。
これは「個別株投資はダメだ」という話ではない。自分の時間をどこに使うか、あらためて考え直した、ということだ。
若い頃は「いくら稼ぐか」が何より大事だった。でも人生の後半戦になると、「いくら持っているか」以上に、「残された時間を何に使うか」のほうが重みを増してくる。そんな当たり前のことに、ようやく気づき始めた気がする。
朝6時30分のラジオ体操が「贅沢」に思えた
今月、もう一つ大きな発見があった。ラジオ体操だ。
休日の朝、自宅から歩いて小金井公園へ向かい、6時30分からのラジオ体操に参加する。片道およそ45分。往復するだけで1万歩を超えてしまう。そのあとは市民プールで一泳ぎ。
書き出すとなんとも地味な過ごし方だけれど、これが思いのほか気持ちいい。
歩きながら、こんなことを思った。平日の私は朝6時50分にはもう会社にいる。それなのに、休日の朝6時30分に小金井公園でラジオ体操をしていると、「なんて贅沢な時間なんだろう」と感じるのだ。
高級ホテルでも、海外旅行でもない。ラジオ体操である。でも、定年後に欲しい生活というのは、案外こういうものなのかもしれない。
好きな時間に起きる。歩く。体を動かす。本を読む。気になったことを調べる。そして今日は何をしようかを自分で決める。「時間に縛られない」というのは、何もしないことじゃない。自分で自分の時間割を決められること。それがどうやら、私にとっての贅沢らしい。
8月後半には、睡眠の質も気になり始めた。朝の3分間のマインドフルネスで心拍数を意識するようになったり、お酒の量を少し減らして炭酸水と組み合わせてみたり。すると、夜の時間を心なしか長く使えるようになった気がする。
大げさな健康法じゃなくていい。小さな工夫を一つ試してみて、うまくいったら続ける。58歳の健康管理は、そのくらいの気軽さでちょうどいいのかもしれない。
競馬は「儲けるもの」だけじゃないのかもしれない
投資とはまったく違う方向で、今月ぐっと熱が入ったものがある。競馬だ。
今月は初めてWIN5(指定された5レースすべての1着馬を当てる馬券)にも挑戦してみた。5つのレースが45分ほどの間に次々と行われていく緊張感が、想像していた以上に面白かった。
払戻金の表示を見て、思わず「なにこれ、100円が7,000万円近く!?」と声が出た。もちろん私は当たっていない。それでも、ちょっと夢があるなと素直に思えた。
競馬の本も読み始めて、印象に残った考え方があった。お金のことだけを考えるなら、競馬をやらずにS&P500に投資していたほうが合理的かもしれない。でも競馬には、友人と競馬場に足を運んだり、好きな馬や騎手を追いかけたり、そのために旅をしたりする楽しみがある、というものだ。
なるほど、と思った。投資は資産を増やすためのもの。競馬は人生を面白くするためのもの。同じ「お金」を使う行為でも、目的がまったく違う。
そこで、新しい目標ができた。定年までにJRAの競馬場を旅してまわろう。中山、京都、福島、阪神、小倉……。競馬を見るために旅をする。目的地があると、旅はぐっと面白くなる。これも58歳から始める、新しい遊び方になりそうだ。
AIとObsidianで「第二の脳」をつくる
8月12日から始めたObsidianも、思っていた以上に面白い。
画面の左側にObsidian、右側にChatGPTやClaude、Chromeを並べておく。AIと話していて「これは面白い」と思ったことは、すぐにObsidianへ書き留める。これを勝手に「第二の脳」と呼び始めた。
58歳になって、Markdownの本を買ったり、UdemyでObsidianの講座を受けたりしている自分に、「今さら何をやっているんだ」と少し笑ってしまう。でも、これが楽しい。
知らないものを知る。試してみる。うまくいかない。またAIに聞く。この繰り返しが、単純に楽しいのだ。
会社員としてのキャリアが終わりに近づいているからといって、学ぶことまで終わりにする必要はない。むしろ肩書がなくなってからのほうが、「役に立つから学ぶ」ではなく「面白いから学ぶ」ができるんじゃないか。そんな予感がしている。
そういえば、FIR60はもう始まっていた
Obsidianに過去の資料を整理していたら、懐かしいものを見つけた。2024年4月、会社の同期3人を相手にコメダ珈琲店で開いた「第一回投資講座」の資料だ。
そこには、すでに「FIR60」という言葉があった。2028年3月末の退職を目標に、長期・積立・分散を基本とした資産形成を考えていた。
その後、個別株に挑戦したり、AIを使った投資を試したりと、いろいろ寄り道をしてきた。でも、その寄り道も含めて、全部がいまにつながっている。
「定年後に何をするか」を考えると、つい立派な答えを探してしまいがちだ。資格を取る。仕事を始める。社会貢献をする。もちろん、それもいい。でも、最初から答えが決まっている必要はないんじゃないか。
散歩していて思いついたこと。読んだ本から考えたこと。投資で失敗して気づいたこと。競馬をやって面白かったこと。AIを触って驚いたこと。そんな小さなことを記録していけば、やがて自分が進みたい方向が、自然と見えてくる気がしている。
58歳の8月に思ったこと
8月31日の日記には、こんなことを書いた。「会社でストレスが溜まるなら、定年を待たずに辞めるという選択肢もあるのかな」
まだ辞めると決めたわけではない。でも、この一文を書けたこと自体が、以前の自分とは少し違う気がする。
会社に人生を合わせるのではなく、自分の人生に会社をどう組み込むか。そう考える時期に来たのだと思う。
60歳はゴールじゃない。かといって、新しい人生のスタート地点というほど大げさなものでもない。今の生活から少しずつ、次の生活へ移っていけばいい。
投資のやり方を変える。朝、歩いてみる。プールへ行く。競馬場へ旅する。AIを覚える。日記を書く。お酒を少し減らす。やりたいことを一つ試して、合わなければやめる。
58歳のいまなら、まだ十分に試行錯誤できる。人生の後半戦を面白くするのは、大きな決断じゃなくて、案外こういう小さな実験の積み重ねなのかもしれない。
2026年8月。私にとってこの夏は、遠くへ旅行した夏ではなかった。でも、自分のこれからについては、ずいぶん遠くまで考えた夏になった。
さて、9月は何を始めようか。